抜髄のトラブルに強い歯科医師のための弁護士です。
抜髄に関する患者トラブルにお悩みの歯科医の方は、迷わずご相談下さい。初期対応が肝心です。まず弁護士に相談しアドバイスを受けることを強くお勧めします。
弁護士鈴木が力を入れている歯科医院法務に関するコラムです。
ここでは、歯科訴訟の判例のご紹介、ご説明を致します。
取り上げる判例は、平成16年5月26日京都地方裁判所の判決です。
なお、説明のために、事案等の簡略化をしています。
事案の概要
歯科医師が患者の歯の抜髄をした際に、失活剤である亜砒酸を過剰に貼付した過失によって損害を被ったとして、患者が歯科医師に対し、治療費、通院交通費、通院諸経費、休業損害、逸失利益、慰謝料及び弁護士費用の合計額4336万4662円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案です。
事案の概要は以下のとおりです。
1 被告歯科医院における診療経過
患者(昭和51年3月13日生まれの女性)は、平成11年10月5日、虫歯治療のため、歯科医院を受診した。歯科医師は、左下7番がう蝕3度の状態であったため、抜髄の必要性があるとの診断の下、局所麻酔剤(2%キシロカイン)による浸潤麻酔での抜髄が試みたが、除痛が得られず、抜髄ができなかったため、歯髄失活剤(亜砒酸糊)による抜髄を行うこととし、亜砒酸糊剤(ASP)を貼付した。
平成11年10月8日、ASPを除去した上、鎮痛剤フェノールカンフルを酸化亜鉛ユージノールセメントで仮封し、抗生物質(ケフラールカプセル)と鎮痛剤(ロキソニン)が処方された。また、同日及び同月12日、2%キシロカインによる浸潤麻酔での抜髄を試みたが、除痛は困難であった。
平成11年10月19日、2%キシロカインによる浸潤麻酔での抜髄を試みた後、2度目のASP貼付を行い、また、ロキソニンが処方された。
平成11年10月22日、一旦ASPを除去した上、3度目のASP貼付を行った。なお、歯科医師は、歯科医師会の担当部門により、この第3回貼付がASPの過剰な使用であったとの指摘を受けた。
平成11年10月25日、ASPを除去し、抜髄(3根)を実施し、根管長を測定した。軟化象牙質を除去し、虫歯がかなり深く、歯茎部の側壁が薄く、穿孔の可能性があり、AF(アマルガム充填)で閉鎖した。
平成11年10月28日、2%キシロカインによる浸潤麻酔で左下7番を抜歯し、抗生物質(セフゾンカプセル)及びロキソニンが処方された。
ASP使用のため、左下顎骨骨髄炎が発症し、左オトガイ神経麻痺による左下唇、左下顎部の知覚異常の障害が生じた。
平成11年11月11日、疼痛、下唇のしびれがひかないため、洗浄、抜歯窩再掻爬手術が施されて出血が促され、また、ロキソニンが処方された。
歯科医師は、同月15日付け紹介書を作成し、患者に対し、他の歯科医院を紹介した。
2 紹介先の他院への転院後の診療経過
患者は、平成12年3月3日、紹介を受けた他の歯科医院を受診し、同年5月6日まで治療を受けた。
平成12年5月15日から京都大学医学部附属病院歯科口腔外科、外科、麻酔科及び耳鼻咽喉科で治療を受けた。
平成12年7月13日から8月24日まで、15回にわたり、外科において高圧酸素療法を、同年6月30日から11月29日まで、12回にわたり、麻酔科でスーパーライザー照射をそれぞれ受け、歯科口腔外科で投薬と症状観察を受けた。また、歯科口腔外科においては、本件後遺障害に対する治療のほか、他の歯の虫歯治療や抜歯などの治療を受けた。
平成12年6月30日の麻酔科初診時のものと思われる問診では、痛みはチクチク、ジワジワ、ピリピリなど針で突くような感じ、ちぢむ感じで持続的である、食事や会話で痛みが増す、痛みの程度について、日常生活をある程度制限してなんとかやっていける(70%くらい)、ないし、日常生活をかなり制限してもつらい(50%くらい)と回答した。
平成13年2月28日、左下7番根尖相当部のX線透過像は次第に薄くなってきており、骨に関しては治癒傾向にあると考えられる、腐骨についても不明瞭となってきて吸収してきていると考えられる、神経症状については不可逆的変化であればこれ以上の著明な改善はないだろう、今後このまま自然な治癒力を期待する、当面経過観察のみで、との診断を受けた。
平成14年2月27日、周囲の骨硬化あり、病変自体の拡大はないので、今後もこの状態で推移していくものと考える、との診断を受けた。
3 患者の就労状況
患者は、平成11年春から、アパレル小売店において販売員として接客に従事していたが、歯科医院に通院するようになる前に退職した。
平成12年5月から数か月間、採用面接を受けた上、喫茶店のウェートレスのアルバイトをした。
平成12年秋頃から同13年秋頃まで、接骨院で受付のアルバイトをした。同アルバイトは、正職員の休業の間の臨時の職であり、同正職員の復帰を受けて、退職した。
争点及び裁判所の判断
争点1 ASPの貼付についての過失の有無
【裁判所の判断】
患者は、歯科医師がASPによる失活抜髄の方法を選択したこと自体が、歯科医師の過失である旨主張するが、本件診療当時、一般的にASPによる失活抜髄が行われていたことが認められるので、失活抜髄を選択したこと自体が過失であるとの患者の主張は、採用することができない。
患者は、ASPにより歯髄失活を行う時間は、48時間に留めるべきところ、歯科医師においては、ASPの貼付を1回の使用で48時間以上継続し、かつ、18日間に3回にわたって使用するなど、過剰な使用量を用いた過失がある旨主張するところ、ASPの貼付時間は、48時間以内を原則とし、72時間を超えないようにすべきものとされており、また、象牙質の層を隔てるときは、1ないし2日間延長するとされていることから、第1回と第2回の貼付は、その正確な貼付時間は必ずしも明らかではないが、いずれも概ね72時間の貼付であり、これが歯科医師の過失であったと認めることはできない。
第3回貼付は、約72時間に及んだ第2回貼付が終了した日に改めて実施されているものであり、同貼付について、歯科医師にASPを過剰に用いた過失があることは当事者間に争いがない。
争点2 患者に生じた損害
【裁判所の判断】
合計 409万0235円
内訳 治療費等 10万3395円
通院交通費 7万1640円
通院諸経費 1万5200円
休業損害 0円
逸失利益 0円
慰謝料 350万0000円
弁護士費用 40万0000円
判決:結論
被告は、原告に対し、409万0235円及びこれに対する平成15年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
抜髄のトラブル、抜髄の訴訟、裁判に悩んでいる歯科医の方は、迷わずお電話を下さい。診療録などの証拠及び患者の主張内容などを十分に確認聴取した上で、取るべき対応、留意点などを具体的にアドバイス致します。